創造すること

心理

先日、茶道の稽古で灰型作りの体験をさせていただいた。
私は茶道の初心者で、偉そうなことは言えないのだが、
初心者なりの感想を、

灰型とは、

灰の上に炭をくみ、鉄瓶や釜でお湯を沸かす。
茶道では、炭の置き方にも作法があり、
その下の灰にも型がある。

初めてその灰の形の説明を聞き、拝見したとき、
その美しさに、いたみいった。
検索してみてほしい。「灰型 二文字」。
一見しては見えないところ。
こんなにも凛とした美しさをつくりあげ迎い入れてくれること。
その精神性への興味も相まって「是非とも!」と参加させていただいた。

灰は購入するのだそうだ。しかし、それをそのままは使うと、全然ダメ整形できないそうだ。
購入した灰は水洗いを行い濾して乾かし使う。
灰も長年手入れをしつつ使っていくと、なめらかで色味もついた良いハイに成長するのだそうだ。
美しい灰は多くの手間と年月がかかっていて、
茶道家はさらに、それを大切に大切に手入れし育てる。

その貴重な灰に触れる機会を頂いた。
砂遊びのようでもあり、陶芸のようでもあり。
無心になれる時間だった。
いつまでやっても、納得の行く形に至らない。そこが、またおもしろかった。

一つのことに集中するフローの時間は貴重なものだ。
一種の瞑想にも感じられる。
いろんな思いも頭をよぎるが、「いけないいけない今は集中しなくちゃ!」と我に返る。
集中して、注意力を注ぎ込んだ部分は、迷いもなくきれいな表面になる。
恐る恐る手を入れると、ガタガタとさざなみのような表面に。
簡単に、何度でもやり直すことができるので、ついつい何度も何度も手を入れてしまう(笑)
結果、最初の勢いがあったものの方が美しかったりする。

ものづくりも、「なんども手をかければ出来が良くなる」とは言えないと思っている。
集中力と勢いが必要。(それは、物作りに限らない気もするけれど。)

勢い任せでいいものを作れるようになるには、やっぱり熟練の技術が必要で、
そこにいたるにはやはり時間が必要なのだろう。

先生の造る灰方は、スーッと勢いがあり雑念がない(笑)
日々、手入れしているがゆえなせる技。

茶道は面白い。

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