生きることは、もがくことだと思っている。
「もがく」はつらいイメージだが、言い方をかえれば「活動している」と言える。
(と思っている)
何かを目指して活動している。
本来苦痛から逃れる活動が「もがく」だ。
海の中で沈まないように手足を動かしているイメージだが、語源を調べると「揉み搔く」 あるいは 「悶え搔く」なので「藻掻く」は違うようだ。
当て字で「藻掻く」が使われていることから、
一般的なイメージでは海の中で浮かぼうと「もがく」ことなのかもしれない。
どちらにせよ、生にすがり内なる衝動から発動しているのが
「もがく」という行為なのだと思っている。
アーティストはいつも、もがいている。
アウトプットするために、自分の内なるものと対峙して何かを感じそれをどう表現するのか?
日々自問自答してもがいているのが正統派アーティスト。(と勝手に解釈している)
他社から課題を与えられることもあるだろうが、
それも、それへの解を探し深堀して考えて考えて自分なりのアウトプットにつなげる。
その様子もまた「もがく」といえる。
人それぞれだとも思う。
「もがく」ことをせずにただただ水面に浮かぶ人生もそれはそれで否定する気はない。
しかし、退屈ほど辛いものはないと、私は思っている。
退屈はただただ死に向かうためだけに生きている。と勝手に思っていて、
皆、死に向かって生きているのだから、
できれば少しくらいもがいていきたい場所に行ってみたい。
そこに達成感があればなおいいのだけど、それは「おまけ」程度に思っておきたい。
どう生きるかは、人間の気質の問題なのだろうとも思うので、良い悪いではない。
「やるべきこと」と「やりたいこと」のギャップもある。
生きていくために「やるべきこと」で精いっぱいであれば「やりたいこと」などに手を出せない。
いや「やるべきこと」を忘れられるくらい「やりたいこと」に没頭できればそれはそれで本望なのかも。幸せなのかもしれない。なかなか、そうはなれないのだけれど。
それでも、残りの人生「もがき」続けて、時間も肉体も使い尽くしたい。
そう、思っている。
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