私生活でいろいろあって、一時ブログがおざなりになっていた。今日から、新たな気持ちで毎日続けようと思う。そんな、こんなで(どんなで?(笑))毎月更新する予定の本気ブログも滞ってしまっているのだけど、本気ブログで書こうと思っていたことを、ちょこっとだけ書こう。(少しの手抜きを(笑))
以前も書いたことがある。
建物の計画をしているとドンドン欲が出て、どんどん不格好な建物になって面積が増えていく。当初の計画はシンプルで無駄がなかったのに。多くの欲は「便利さの追求」「収納」「個室の数(あるいは広さ)」だ。打ち合わせを重ねる度に建物の形がいびつになり、そして、建設費は増えていく。
今後の生活で何を重視するのか?がブレブレで、迷いながら進むためだ。情報過多の現代で、細かい情報にあふれている現在、失敗したくないと思うあまり、あれもこれもとモリモリに盛り込んで、どうしてもあちこちにしわ寄せができてくる。
かたちの「イビツ」さは、「恰好の悪さ」だけの問題ではない。
構造にとっても不利。経済的にも不利。水じまいだって悪くなるかもしれない。もちろん建築費も増える。大きくなってしまった分、光も届きにくい箇所が生れる。
敷地の余白が減ってしまった分、光や風通しが悪くなる。
そうならないために、計画を少しずつの手直しするよりも、煮詰まったら新たに考え直すことが大切だ。改めて「この建物に大切なもの(こと)は何なのか?」「どうして、建てようと思ったのか?」に立ち返ることが大切な気がしている。それを踏まえても大切ことを拾い出して盛り込んでいく。
何事でも、没頭と俯瞰を行き来することが大切で時にはリセットが必要かもしれないが、そこは手を抜かずやり直さなければいけないと思っている。
建物に関して、人の行動やモノの増え方を予測することもある程度は必要だけれど、人間には適応力があるはず。未来の変化を予測してもその通りに変化するとは限らない。どこまで心配してもきりがないのだ。それより「建てる意味」を忘れないようにするべきだと思っている。楽をしようとする気持ちもほどほどに計画に柔軟性を持たせることが、経済的にも余裕が生まれ生活も豊かになるはずだ。
すべてにおいて、不便さを受け入れることが今後の、重要なキーワードだと思っている。(建築に限らず)
「ムダ」が大切な時代がはじまっている気がしている。
そして、「ムダ」は「幸福」や「豊かさ」につながっている気がしてならないのでした。
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