起業するとき、いろいろ勉強する中、いくつかのフレームワークを行った。
はたして、それに功を奏しているか?いないか?定かではないのだけれど。
そもそも、クリティカルシンキングの「ク」の字も知らなかったので、
自分を客観視する「メタ認知」を知るきっかけにはなった。
定期的に、自分を振り返る時間をつくるのがいいのだろうが、
ついつい日々の雑多に終われ、忘れがちだ。
あくまで手段としてフレームワークを活用すべきだと思っている。フレームワークが最終目標にするのではなく。あまりとらわれすぎずに方向づけ程度にとらえて、とりあえず今の目標、という漢字にしないと「数字の奴隷」に陥ってしまう。数字が最終的にやりたかったことなのか、都度都度見なおさないと、人生を見誤るんだろうな~、と思っている。
なので、フレームワークだけではだめで、自分でそのフレーム内の作業とはたまたそのフレームワーク自体もブラッシュアップしてもいいと思っているが、そうすることでまた自分の偏見に偏ってくるようでもあり・・・。それでも、やっぱり、自分なりのものを作り上げていいと思う。
最終的には、自分らしくいたい。人と同じじゃつまらない。偏見も良し。私は私だ!(笑)
数字が達成できなくて、あの手この手方法を変えてみても結果が残せないのであれば、あきらめてもOKだとも思っている。人生の一部でしかないのだから。
1からフレームワークを作っちゃえればなおさらいいのかもしれない。
そもそも、今使っているフレームワーク自体、誰かが作っているのだからそれ自体その誰かの偏見そのもの!自分の思っていることを、他者の目にさらして感想をきくのもいいのかと思っている。聞いてもらう人は選んだ方がいいけれど。
順を追って回答していくようなフレームワークもべんりだけれど、結局自分の身体感覚が大切で、自分の思っていること、感じたことを大切に生きていけたら幸せなのだろう。
それを他者に伝えたり、認めてもらうには言葉を尽くさないといけないけれど。
やっぱりここでも、自分の内側と外側を行き来する過程が必要な気がする。
手放せない。越境する勇気。
完全自分を客観視するのは難しい。
自分を、外から24時間観察できる「自分密着カメラ」があればいいのにな。
新しい改善点や発見がありそう。
自分の後ろ姿が、思いのほかだらしないことがわかってショックを受けてそう思った(笑)
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