人の力

人生

 偉大な人にになりたいわけではないけど、人間力は上げたいとふと思った。
じゃ「人間力ってなんだっけ?」とか考える。人に称賛されること?好かれること?影響力があること?喜びを与えること?結果を残すこと?
 そもそも、人間力をあげたくなったのは売り上げを上げたくなったからで、そう考えている時点で、あさましい人間だと自分を恥じているのだけど。最近困難を乗り越えた方が(勝手に私がそう思っているのだが)「いい顔」になった気がする。「いい顔」が何なのか、表現が難しいがそう感じた。人は困難を乗り越えた数で人間力が上がるのかもしれない、などとも思う。

物理的な力

人の力について考えた。
まずは物理的な力がある。現代では軽んじられてきているが、力持ちはやっぱりそこから発する威力はある気がする。女性の社会進出が遅いのも、極論、力が弱いからだと思っている。いざとなったら、ねじ伏せられる脅威を心の奥で感じているから、積極的に活躍することを躊躇してしまう人も多いのだと。平和な時代はいいが、野蛮な時代にはどうしても力が優位に働く。いつまた、野蛮な時代が到来するかわからない。不安を感じるのも、女性の方が多いのもこの「力」の少なさからだと思っている。

作り出す力

 想像力ってすごい。地球や宇宙にとっては厄介だったりするのかもしれないが、人間はいろんなものを作り出してきた。それは、形あるものに限らない。システムだったりサービスだったり、物語りだったり。神様だって・・・。一番先に考え出した人がいて、それをみんなで形にしてきた。

つながる力

 みんなで形にするには、協力しないといけない。この力が一番大きい人間の力だと思う。
人間同士だけではなくて、人やものや生き物とつながった。木や石や鉄や燃料、犬や馬や牛や鳥。
利用し利用され発展してきた。 

 つながる力の補助としてお金があるのだと思う。今はお金の威力が大きくなりすぎている気がする。
お金がるだけで影響力も発揮できて、人を助けることだってできる。そして脅威にもなる。

つながるためには共通認識が必要で、そのためにコミュニケーションや言葉が発展し、物語りがを使って協力しあってきた。神がいるから信念を貫けた。

今だからこそ、神さまを信じる心が必要な気がする。

偏りがあるから発展した説

 最近、ADHDやASDなどの発達障害がある方が増えていると聞く。きっと増えているのではなく、個性に名前が付けられているのだと思う。そう考えると「発達障害」というネーミングは変えたほうがいいような気がする。

きっと、時代を変えるのはこれらの特有の個性があってのことだと考える。ごく平均的に暮らす人間には考えられないようなことを考え付く人がいないと、新たな発見はできないのではないかと。その外れ値が人間の大切なところで、人それぞれ、少しづつはずれていて良いのだと思う。

ウォーターサーバを解約できない・・・
いつも重たいサーバーを3階まで配達してくれるお兄さんが、さわやかすぎて。
これも人のつながる力。

人の力、恐るべき。(違うか)

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